県民と沿線民
December 15th, 2025
大阪出身で札幌に住んでいると、「大阪と京都はお互いライバル意識があるんでしょ?」的なことを聞かれることがある。
聞かれるたびに「違いを感じることはあるけど、あんまり区別してないかも。」とふんわり答えていたが、最近その感覚の出どころがはっきりした。
それはきっと、自分がずっと阪急電車沿線に住んでいたからだ。
阪急電車は京都ー大阪ー神戸(兵庫)を結んでいる。
だから自分は大阪に住んでいても、乗る電車は京都河原町行きだったり、神戸三宮行きだったりする。
大阪府民というより阪急沿線民という感覚が強いのだ。
思えば京都よりも阪急沿線ではない大阪南部の堺や岸和田の方が異国な感じがする。南の大阪弁はなんかきついし。
県民という枠では京都は外だが沿線民という枠でとらえると京都は内。
どんな概念、レッテルを貼るかで対象に対する印象が変わる。
禅はこの概念化されていない事実を明らかにする。
とはいえ生きていく上でそれをやめることはできない。
赤信号に「止まれ」という概念を結びつけなければ危なくてしょうがないから。
だから、どうせレッテルを貼るのなら、自分や他者の幸福に寄与するレッテルを貼ろうと思う。

車に苔が。屋上緑化は聞いたことあるけれど。



