28Nov
意念を用いるか、用いざるか

意念を用いるか、用いざるか

立禅では意念(イメージ)を使うことがある。 四方の空間とバネで繋がっており、全身が空間全体と協調して動く。 全身が周囲の空間、自然とつながっているかのようだ。 敵と相対したときもその相手だけにとらわれることなく、天地と呼応する。 自己と周囲の環境との一体化ともいえるだろう。 意念を使わず、ただ立つこともある。 ただそのままに立つ。 野生動物が休息しているときのようだ。 くつろい...

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24Nov
不動智神妙録(無明住地煩悩)

不動智神妙録(無明住地煩悩)

無明住地を、あなたがよくご存知の兵法にたとえて説明してみましょう。 敵が刀を振り上げて切りかかってきたとします。 その刀を一目みて、「あっ、来るな。」などと思うと、相手の刀の動きに心がひきずられて、こちらは自由に動くことができずに切られてしまいます。 打ちこんできた刀を見ることは見るのですが、それに対して、ここで相手の刀を切りかえそうとか、どう打ちこもうかなどと思慮分別を一切持たずに、つまり...

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21Nov
大阪の仲間との稽古

大阪の仲間との稽古

大阪に太気拳の仲間がいる。 私は島田道男先生の弟子だが、彼は別の先生のもとで長年稽古をしている。 技量もあり誠実な人柄と相まって、会うたびに楽しく多くの気付きをいただく。 師が変われば稽古のありようも違ってくる。 立禅や動きの形にも多くの差がある。 だが互いに触れ、語ると、本質的なところで共通点がある。 そうでなければ同じ流派、太気拳とはいえないだろう。 その本質とは立禅の力...

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14Nov
荘子 大宗師篇2

荘子 大宗師篇2

上古の真人は、不幸な運命に見舞われても逆らうことがなく、たとえ成功してもこれを誇ることがなく、万事を自然のままにゆだねて、はからいをすることがなかった。 (中略) 上古の真人は、眠るときは、眠ることに安んずるために、夢を見ることがない。 その目ざめているときは、日常の営みに安んずるために、憂いをもつことがない。 食事のときも、特別に何かがうまいといって心をひかれることもなく、その呼吸は深く...

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7Nov
力の噴水

力の噴水

相手から受けた力を地面に流す。 地面からの力を相手に伝達する。 身体はあたかも力を通す噴水のようだ。 足裏からの力が、ブワーッと頭頂部に到る。 その力の一部が腕を伝わり、相手に届く。 この力は主として自分の体重が地面を押す反力である。 その逆に、相手からの力を地面に吸収する。 そのとき、相手との接点は足の裏のようになっている。 そこで自分を支えられるようになっているのだ。 ...

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3Nov
死のうと思うな、生きようとも思うな

死のうと思うな、生きようとも思うな

死のうと思うな 生きようとも思うな ただ、戦え (「水滸伝」 北方謙三) 生死をかけた闘争は幸いにも経験がない。 だが、組手でも似たところがあるように思う。 強敵であればあるほど、勝つとか負けるとか、そんな先のことは考えてはいられない。 この瞬間の突きや蹴りに対応しなければならない。 ただ、一心に向き合うだけだ。 今、この瞬間にやれることを、やる。 そんな没我の瞬間がたまら...

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